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血と砂

月組/バウホール10/20〜29・日本青年館11/2〜8


Coo&Bee
  Date: 2001-12-02 (Sun)
青年館初日から一ヶ月。観劇後、あまりにたくさんの思いや疑問で混乱していましたが、皆さんの公演評のおかげでようやく自分の気持ちの整理がついたらしく、“あぁ、自分は役者汐美真帆を観たんだ”という結論に達しました。

いつもなら“また‘宝塚’観ちゃった。でも、また来れるように仕事頑張ろう”と思いながら帰路につきます。ところが「血と砂」を観終わったときはそう思いませんでした。“お芝居を観た”と“終わってしまった”という思いでもう頭の中は一杯。お芝居が良かっただけに終わってしまったことが残念でならず、あれこれ考え過ぎて、自分で自分を追いやるような日々が過ぎました。こちらの公演評を拝読させていただいているうちに、落ち着きを取り戻した次第です。お誘いいただいたJIMMYさんや投稿者の方々に感謝しております。

今更コメントするのもどうかとは思いましたが、自分の気持ちに整理がついたお礼を述べたいと思い、投稿させていただきました。


  Date: 2001-11-21 (Wed)
月組バウホール公演「血と砂」が終わってもう2週間近くがたちます。

これまでにこの掲示板で2度ほど公演評を書かせていただきましたが、そのいずれもが公演期間中に「少しでも早く公演評をアップして、見たいと思ってくださる人を増やしたい!」と思って書いたものでした(実は)。
もちろん、嘘や偽りはないのですが、速報的な内容で書きましたので、あと少し書きたいことが残っていました。それを今回まとめの意味で書かせていただきたいと思います。

ただ、かなりファンモードというか贔屓モード、さらには書きたい放題&個人的意見全開モードに入ると思いますので、「それはちょっと・・・」と思われる方、公演評を読みたい方は飛ばしてくださいね(特にメール配信されている方)。それからめちゃくちゃ長いはずですので、覚悟してください・・・(すみません)。


私は今年2001年のバウホール公演は全作品観ました。

この中で、原作の選び方に最も成功したのが「血と砂」だと思っています(「イーハトーブ・夢」は逆によくあの難しい原作に挑戦し、成功させたなぁという意味で、称賛に値すると思います)。

ラインナップ発表時、文芸作品として挙げられた5作品(正確には先に2作品、後日3作品)の中で、タイトルすら知らなかったのは「血と砂」でした。慌てて検索し、やっとその内容を知ることができました。ごく普通の方なら、同じだったのではないでしょうか。実際、「血と砂」の書籍はほとんどが絶版。読みたい人は図書館か古本屋に行く、もしくは映画のビデオを見るしかなかったのです。
そして知ることができたストーリィは実に単純。闘牛士が成り上がったものの、女に溺れて堕落する、それだけです。「銀河鉄道の夜」のような哲学的な内容、「アンナ・カレーニナ」のような心のひだを描き出す物語とはレベルが全然違います。

企画書を出した時点ではおそらくは主人公はひとりだったはずです(「歌劇」の柴田先生の文芸シリーズ解説によると)。それがW主演になっても、対応でき、さらに原作よりも面白くできた(と私は思っています)のは、この原作を選んだ齋藤吉正先生の勝利だと思います。
あまりにも単純な話で、知られていない話だから、自由に脚色しプラスアルファできた。原作とひき比べてどうのといわれることもなかった。それが評価を高めたひとつの要因だと思います。


最初の公演評にも書きましたが、齋藤先生は、今回の作品で今までのお遊び的要素を排除し(入れる余裕もなかったかも)、人間の芝居に正面から取り組んでおられたように思います。
初日にバウのパンフレットを見た時、「あれ?齋藤先生にしては、場面数が少ないな」と思ったことを記憶しています。「歌劇」のミニ座談会では“たっぷりスピーディに見せたい”と発言していて、どういうことだろうと思っていました。

幕が開き、全体像を知って初めて「そういうことか!」と納得できました。まさにたっぷりとスピーディ、お話の展開は強引なまでに早いのに、一場面一場面はじっくりと見せている。観劇後、お芝居を堪能したなぁという満足感が大きかったのはこのためでしょう。
私は主演者は切り離しても、「血と砂」という作品が好きです。お話が全編これ、愛・愛・愛では物足りない。人間としての(男女関係なく)“野望”がないと面白くないと感じる性格なので、今回はその野望に、兄弟の葛藤、そして愛と、複雑にからみあって非常におもしろいお話になっていたと思います。

ここまでできたら、次はまた、ぜひ大劇場でお芝居を拝見したいと私は思います。ただ、「TEMPEST」も「花吹雪恋吹雪」もビデオで繰り返し見た身としては、同じシチュエーション、同じセリフが何度も出てきたのはちょっと気になります。演出家としてはありがちなこととは思いますが、自分自身をコピーするようになると、観客は敏感ですから飽きてしまう可能性がある。
まだまだお若いのですから、いろいろな引き出しを作りつつ、新たな作品に挑戦していただきたいです。

若手演出家の中では、好みは分かれるでしょうが「ご贔屓が当たると嬉しい演出家」として広く認識されたことは間違いないと思います。
特に今回、これまで脇のみを務めてきた汐美・大空をセンターに据え、この上なく格好よく見せてくれたということで、来年以降、バウ主演を狙える位置にある若手のファンの方々が「私のご贔屓もぜひ!」「W主演で両方満足できる!」と思われても不思議はないでしょう。これまでは湖月わたる(「TEMPEST」)・安蘭けい(「花吹雪恋吹雪」)という純路線系のスターが素材だったのですから。
でも、私は今回の「血と砂」は、汐美・大空がこれまで積み上げてきたものと、齋藤先生の能力・熱意の相乗効果が生み出したものが大きいと考えています。だから、安易に考えるのは難しいと。もともと持っているもの、積み上げてきたものが何もないのに、いきなり“魅力的に見せて”といわれても、演出家だけの力ではどうしようもないはずです。

今回の「血と砂」では、汐美真帆・大空祐飛という素材と、齋藤吉正という演出家の幸福な出会いの結果生まれた作品と、私は断言できます。

私は齋藤作品が大好きですから、今後素材(主演)として選ばれた生徒さんとも、ぜひ幸福な出会いを果たし、
作品と主演者が乖離することなく、また私たちを感動させる作品に出会わせて下さることを切に希望しています。


作品論、演出家論はこの辺にして、主演の汐美真帆について。公演を見ている間、そして終わってからもいろいろなことを考えました。


まず、一番自分自身で疑問に思っているのが「なぜこの主人公、フアン=ガルラードに納得してしまうのか」ということでした。

主演者に、ではありません。フアン=ガルラードは物語の主人公としては、なんとも弱く情けない。ヒーローとしてはゆうひくん(大空祐飛)の演じるプルミタス=ガルラードの方がはるかに格好いいです。なのに、私含めて、汐美ファン(の多数と言ってもいいでしょうか)は、あの主人公に納得しているのです。自分が応援している生徒さんが、弱く情けない人物を演じているのに。汐美ファンでない人でも納得していた人物像だと思います(もちろん、しておられない方もいらっしゃるはずですが)。

つくづく不思議です。

いろいろ考えたのですが、やっぱり、これは汐美真帆という役者が作り上げたからこそ生まれた、引き付けられる魅力がフアンにはあったからだろう・・・と思います。
私は、心情を吐露し、涙を流す姿、愚かな行動を見て、あまりにリアルなその人間像に「わかる!」と共感しました。最後に死を迎える、本当ならむなしいラストすら納得しているのです。
「フィガロ!」の公演評で、主演者のお勉強公演は云々と文句をたれた私ですが、バウなら別にお勉強公演でも構いません。見にいかねば済むことですから(大劇場でそれをやられるのは腹が立ちます。大劇場はメインの劇場なんですから、見に行かないで済むという問題ではありません)。
もしも、この「血と砂」がどなたかのお勉強公演だったらどうなっただろう・・・マタドール姿を格好よく見せるお勉強、お芝居をするお勉強、ってそれで終わっていたかように思っています。

11年目の汐美真帆がやったからこそ、芝居が大好きな彼女がやったからこそ、感動させ、評判を呼び、観客の心に「フアン=ガルラード」が残ったと、そう思います。
もしかすると、演じていた汐美真帆よりも、フアン=ガルラードの方が強く残ったかもしれない。でも私はそれでいいと思います。何をやってもだれそれ、というのもひとつの個性でしょうが、こうやって演じた人物を残せるのも役者としての素晴らしい力量のはずです。


フアンという人物像が、汐美真帆を投影した上で出来上がったものであるということは、あるかもしれません。私は日が浅いファンですので(今年に入ってから・・・バウ主演が決まってからといってもいいぐらいです)よく知らないのですが、これまでの彼女のジェンヌ人生はかなり厳しいものだったようです。
私はお芝居の中のセリフは、お芝居の中のセリフとして普通に受け止めていたのですが、長年ファンをやっている方々にしたら、涙無しには聞けない、洒落にならないセリフがあったようです。

齋藤先生がどういう経緯でそのセリフを取り入れたのかとかいうことはわかりませんが、なんとも切ない贅沢なお話だな、と思いました。
20代後半の女の子が、宝塚という世界で10年強、生きてきた濃密な時間(人生)を、こうやって私たちは娯楽のひとつとして見て、そして感動させてもらっているのですから。
そういうことを知らないでも充分感動できたのに、知っていればなおさら、このお話、フアン=ガルラードの人生の舞台は、より感慨深いものになったことでしょう。そしてひとりの生徒さんを長年応援している醍醐味でもあるでしょう。
それも、ファンがフアンに納得している理由のひとつだと思います。

400人もいるタカラジェンヌさんの中でも、そこまでの台本に出会える人は、ひと握り、いえひとつまみでしょう。よかったか悪かったかは別として、汐美真帆は自分を投影した台本も手に入れ、演じてしまったのですね。なんだか本当に切ない、申し訳ないような気になります。


さらに、初日を見ていて感じたことなんですが、彼女は自分が男役を演じることに、ただのひとかけらも疑問を持っていないのですね。
特にラブシーン、男役としての表情のひとつひとつをさらけだすように観客に見せる彼女。濃厚だ過激だという以前に、こんな顔を見せてもらっていいんだろうかと思いました。男性が見せるはずの表情を、女性である彼女が見せてしまっているのです。
昨今、中性的な魅力で人気の男役さんも増えて来て、実際私も大好きです。でも、普通のお芝居の中では違和感はないのですが、これがラブシーンを想像すると、それだけで座り後こちが悪いというかお尻がもぞもぞしてきます。
汐美真帆は「男役を演じるプロ」なんだと思います。私はそれが大好きです。


それでも、私の中では、汐美真帆はずっと「男役が得意なかわいい生徒さん」でした(私の全ての基準は真琴つばさなのです、今でも)。
いろいろと考えながらバウ公演の期間が過ぎていった、ある日、「やられた!」と思う公演に出くわしました。

忘れもしない、10月28日・日曜日の11時公演でした。前日は汐美さんのお茶会で、この公演、役にかける想いを熱く熱く語ってくれて、とても満足して翌日もバウホールの座席に座りました。
・・・・・・声が、出てませんでした。
こちらもぎょっとしましたが、本人も驚き、焦ったのでしょう、顔じゅうに変な汗をかいていました。とりあえず、一幕が終わり、息も絶え絶えにロビーに転がり出ると、同じように不安げな顔をした汐美ファンの知り合いがたくさんいました。でも、こちらはいくら心配してもどうしようもない。26公演のうちの1公演として、彼女自身に乗り切ってもらわねばならないのです。

そして脈拍が速くなるなか、2幕目が始まりました。声は少しマシになったものの、相変わらず不充分・・・ところが、なぜか声の調子が気にならなくなりました。そして、フアンの気持ちにどんどん同調していく自分がいました。
汐美真帆の熱演にぐいぐい引き込まれ、強引なまでにお芝居に、フアンの気持ちにとらえられていたのです。汐美だけではありません。舞台上の全員が、エネルギーとパワーを舞台に集中し、フォローし、今までで一番熱い舞台を作り上げていました。感動しました。2幕目で1幕目のビハインドをきちんと取返し、さらにはプラスアルファの感動まで与えてくれた・・・。声が出ない分、自分の得意技であるお芝居の力を最大限に高め、盛り返したのです。
終演後のご挨拶はいつも通り。おそらくこの公演しか観ていない人は、感動しこそすれ、不調のことなど気がつかなかったはずです。

私は、この終演後ほど嬉しかったことはなかったです。
まみさんの下級生ジェンヌで、初主演のかわいい汐美さんが、実は不調の中でも主演者として舞台を仕上げる力をもったひとだったことに、気がつかせてもらったのです。私が真琴つばさを好きなのも、そこなのです。どんな舞台でも、最後には帳尻を合わせ、必ず観客を満足させて帰すことのできる「プロのタカラジェンヌ」であるから。まみさんと同じ力を見せてもらった・・・本当に嬉しかったです。
また、彼女は公演前のインタビューなどで、“周りが盛り立ててくれるからセンターに立てる”というようなことをよく言っていました。正直「せっかくの主演なんだから、私が主演よ!って言い切ってくれればなぁ」と不満でした。
そう思ったことも反省しました。主演者といえど常に万全の体制で臨めるわけではない。そんなとき、出演者の力を結集できる力がないと、舞台は空中分解してしまう。出演者の力をまとめることもまた、センターに立つものの義務であり能力であると思い知りました。

この公演から、私は今まで「可愛い」でしかなかった汐美真帆を、プロのタカラジェンヌとして尊敬し、何があっても大丈夫と、安心できるようになりました。


この「血と砂」は、本人と、そしてそのファンに、意義のある公演になったと、ファンのひとりとして思います。何が一番かというと「安心感」です。

汐美ファンとして、彼女がどれぐらい魅力があるか、何ができるかということを語るのに、これまではその材料をあちこちからかき集めなければならなかったのです。かき集めたとしても、他人を説得するのはなかなか難しかった。じっくり見ないとわかりにくいのです、彼女の魅力は。
見かけの華やかさや格好良さ、歌のうまさといったわかりやすい魅力でない分、非常に不利です。
それが今回この一作品「血と砂」に集約できた。誰に対しても「この作品観てよ」といって、自信をもってビデオを差し出すことができるでしょう。よいところも悪いところもひっくるめて。
それで説得できなくても、それはしょうがないこと(笑)。説得する材料ができたというだけで、大きな安心感になるのです。
不安な中、1日1日の舞台を務めているけなげなタカラジェンヌさんすべてが、このような“材料”ができるといいね、とは思いますが・・・難しいでしょうね。ですから、この確かな手応えを手にすることができた幸運(もちろん、幸運の結果だけではないことは百も承知しています)に感謝しながら、汐美ファンを続けていきたいと思っています。

もちろん今後も、今までと同じ、汐美真帆の行く道は決して平坦ではないでしょう。落胆することも多いと覚悟しているファンがほとんどのはず。それでも、この作品を経て、確かにひとつの手応え、安心感を手にすることができたことで、今までとは違うゆとりをもって、彼女を見ていけると思うのです。

彼女が宝塚を去るその日まで。

そして本人も、きっとゆるぎない安心感の上に、今後の舞台を務めてくれると信じています。


無事に全日程の公演を終え、千秋楽を迎えられたことで、千秋楽おめでとうございます、と、そして「我が人生幕が開く」と次の舞台に向って新しい気持ちで進めます。

そして肝心なこと。今回の公演「血と砂」で、汐美真帆は、手持ちのカードを全部切ったのではありません。まだ手元に残しています。出し惜しみしたのではなく、今回の舞台では使わずに済んでしまっているのです。何が残っているかは・・・今後の楽しみにしておきましょう。
そう思えてしまうから、私はまだまだ期待してしまうのです。


この公演評を書き終えて、私の「血と砂」公演は千秋楽を迎えました。3度に渡って長い公演評をお読みいただきありがとうございました。また書く場を与えてくださったJIMMYさん、本当にありがとうございました。


Starland
  Date: 2001-11-16 (Fri)
「血と砂」、こんなに日が過ぎても、いまだにじわじわと感動が甦ってきます。
私の場合、最もグッときたのは、周囲の人たちの、どうしてもフアンを愛さずにはいられない、案じずにはいられないという、切なく熱い想いを感じたときでした。プルミタスはもちろん、カルメン、ドンニャ、そしてガラベエトオ、ペーペ。
彼らの気持ちがとてもストレートに伝わってきたのは、結局、汐美さんの演じるフアンが、とても自然にそういう思いを抱かせてくれる人物だったからと思います。

青年館で3回観劇しましたが、初めのうち、「本能の思うがままに生きるフアン」とは、少し違うかなと思いました。その形容詞から、なんとなく昔トム・クルーズがよくやっていたような雰囲気をイメージしていたので、もっと豪快で無神経な感じでもいいかなと。
でも、周囲の人たちがフアンに集結していくには、やはりフアンに心優しさや不器用さを感じなければ、不自然なんですよね。だから、汐美さんのこういう部分の方を強調した描き出しもありだなと、だんだん思えてきました。
汐美さんのフアンは、物語の中心にいるけれど、いわゆるゼロの位置に立つというのとは少し違っていて、皆の思いを束ねた、ちょうど扇の要のような存在という感じがしました。自分で発する以上に、皆を想いを受け止めるような存在。これはやはり、役に彼女自身を反映しているからなんでしょうか。
私は、まだ宝塚ファン歴が浅くて、月組も「大海賊」が初観劇というペーペーなので、今までの汐美さんのことはほとんど知らないのです。
この舞台を最初に見たときには、とにかく祐飛さんがイイ!と思いました。斜に構えているけれど、冷酷になりきれない男を、実にセクシーに演じていて、ゾクゾクくるほどでした。
でもだんだんと、そして見終わってからもじわじわと、やはり汐美さんの魅力に惹きつけられてしまうんです。こんな風に感じさせてくれる人は、初めてです。これはきっと、汐美さんの人間としての魅力なんでしょうね。正直言って、歌もダンスも最高と思えるものではなかったのですが、それを補って余りある魅力です。

私がこの作品を楽しめたのは、登場人物のほとんどに「そういうことって、あるよなぁ」と思うことができたからなんです。まぁ、多少の強引さや端折りはありましたが。
まずプルミタス。人間、大切な人を失ったりして、耐えられない悲しみに見舞われたとき、理不尽に誰かを憎んだり怨んだりすることって、あると思うんですよね。
ドンニャもそう。彼女の場合、あんな風に手ひどくフアンを捨てるよりほか、自分の気持ちに決着をつけることができなかったのかなと思います。
ガラベエトオがあのような屈辱的な立場に甘んじていたのも、結局フアンのことが好きだという気持ちが捨て切れなかったからなんだろうなと、フアンを抱きしめる場面だけで納得できました。
プルミタスとカルメンが関係も、とても切なく思えました。復讐のためだけじゃなく、プルミタスはカルメンに、同じ心の隙間を感じたんですよね。それを、お互いの体温で補い合おうとするような関係。静かに別れる場面は、実に感動的でした。

このお話は悲劇なのに、フィナーレの温かさで、とてもハッピーな気持ちで劇場を出ることができました。
おふたりのタンゴも、最高にステキでした。

これから、汐美 真帆さん、大空 祐飛さんから、目が離せなくなりそうな予感がします。


すっぴん
  Date: 2001-11-12 (Mon)
青年館の「血と砂」初日・千秋楽を含めて3回観劇しました。

初日を見た時、プロローグの歌詞がよく聞き取れず、「血と砂」の
世界に入る事ができなくて、ここで迷子になったら大変だ!とあせりましたが、お芝居が始まると、すんなりと、この話についていけてひと安心。

途中「激情」とだぶる場面があって”あらっ”と思いましたが
演じる側の熱さと客席の熱さを肌で感じる事ができたし、
出演者それぞれに見せ場があって印象深い作品でした。

W主演なので、そこをどのように処理するのかと思っていたら、
途中から兄弟の進む道を別々にしてそれぞれの、人生の中で主役を演じる作りになっていて、うまいな〜と感心。
汐見さんと大空さんの兄弟役というのは、オフの2人ともだぶって
、どんなに芸質や性格が違っていても、やっぱり2人は兄弟だわ〜って納得できるんですね。
話の結末は、救いようもなく暗いのですが、別々の道を歩いて来た2人が死ぬ時に又一緒になって、美しく滅んでいくというのは、一種のハッピーエンドなのかもしれません。

斉藤先生の中にまず主役の2人をいかに際だたせるかという事と
兄弟二人が同じアレーナで死ぬ場面のイメージがあって、
その為のストーリーを組み立てたんじゃないかと思う程、物語は強引に進んで行きます。
そのせいか、なんでこの人はこういう行動をとるのかが良くわからず、見る側が推理しなくてはいけないのが不親切かも・・・。


フアン役の汐見真帆:最初の白いマタドール姿が良く似合っていました。
大海賊のお茶会の時にこんなに痩せちゃって大丈夫かな〜と思いましたが、あの衣装を着こなす為だったのかと納得。
フアンという役はこの物語の”光”の部分なのですが、
光輝いている時間は本当にアッという間で、傲慢さとか、自由奔放さをあまり見せる時間がないので、栄光の座から、転落していく男の哀しみというよりは、頑張って努力しても報われない悲しさみたいな物を感じました。
芝居の上手な汐見さんならではの複雑な性格設定でしたが、
隅々まで、きちんと役を作り上げていてお見事。
惜しむらくは、芝居に入り込みすぎて、観客に主役汐見真帆をアピールする部分が弱かった事かな〜。

プルミタス役の大空祐飛:とにかく、立ち姿がカッコ良かった。
フアンとドンニャのあの”濃い〜”ラブシ−ンの場面で、兄を狙ってじっと立っているプルミタスは憂いがあって特に印象的でした。
(あの場面は、上も下も見なくちゃいけないので、本当に忙しかった。)
ただし、動きが大雑把なせいか、立ち回りとか、ダンスになると、魅力が減ってしまうのが残念。
ベールさんも書かれてますが、この役は「お兄ちゃんが好き」がポイント。
盗賊稼業なんてやってるけれど、兄に置いて行かれて拗ねて道が曲がってしまった甘えん坊の弟なんですね〜。そういう意味でぴったりの役。

ドンニャ役の西條三恵:芝居もダンスも歌もなんでもこなしてしまう人。
もう少しゴージャスな雰囲気があれば、ドンニャに溺れていくフアンの気持ちがもっと理解できたのかもと思いましたが・・・とにかく”うまい”の一言!
黒いコスチュームにブーツ姿で踊るところなんて、男役顔負けでしたね〜。
月組の貴重な娘役さんだったので退団がとても残念です。

今回の公演の私のヒット賞はガラベエトオの楠恵華です。
挫折を味わって、屈折してしまった、元マタドール。
(なんで、闘牛のできなくなったガラベエトオが追い出されずに、フアンの世話をしているのか理解不能ですが)
落ち着いた感じのお芝居をしているのに、時々熱血漢になるところがツボでした。表情をみせずに感情を表現するって大変だろうと思います。
最後のフアンと抱擁は感動的で、もっと長い間見ていたかった。

ペーペの美々さんとグァルディオラの嘉月さんの2人は舞台を締めてくれてました。
主役2人とも、歌は得意じゃないので、美々さんの歌を聞くとほっとしたりして・・・
グァルディオラはプルミタスにつきまとうストーカーのようで、逮捕したプルミタスに蹴りいれる場面は、ラブシーンではないけれどちょっとアヤシイ雰囲気?
カルメンの椎名葵は、どっちかというと女役タイプのようで、娘役っぽい雰囲気のある人で見たかった気もします。
最後に薔薇を投げるドンニャをキッと見上げる視線に気迫を感じました。



 




ベール
  Date: 2001-11-10 (Sat)
月組バウホール公演「血と砂」、観劇から大分経ってしまいましたが投稿させて頂きます。
あまりにもこのHPで盛り上がってる公演でしたし、「花恋」があまり気に入らなかったため、観る前はそんな好きじゃないだろうな〜と勝手に思ってました。しかし、あまり期待せず見たのが良かったのかもしれませんが、何か妙にハマってしまいました〜(^^;。私好み(=切ない系)の作品だったようです。衣装・場所設定(セビリア)・ロザリオから「激情」が、「兄弟」から「更に狂はじ」が思い出され(両方とも大好きな作品)、私的には、何だか取ってもツボにはまってしまったようです。2部の後半はまたもや号泣。今年のバウは、「イーハ」「アンナ」「血と砂」と泣きまくってしまい、よく泣くな〜と自分でもあきれますが、ハマれて見れた方が楽しいですよね♪

一時期、どんな作品を見ても文句ばかり言っていたことがあったのですが、その頃に比べると今はすごく純粋に作品・人を楽しめて、自分の気持ち的にすごく楽です。多分、谷・木村作品以外は、結構楽しめるんだろうな〜と思う今日この頃・・・(^^;

都さんの言う「齋藤作品らしからぬ齋藤作品」というのは、見て初めて納得。
宝塚の楽しみの1つに、若手の成長を見るというのがあり(というか、最近の私は殆どコレかな?)、「イーハ」の藤井先生の時も思いましたが、作家の成長も楽しめるもんなんだなと〜と実感しました。今までの齋藤作品で、どうしても受け入れがたかった「お遊び」の部分(「テンペスト」の出雲・寿、「花恋」のしのぶ)がなくなったのも私的には大きなポイントだったように思います。あまり無駄と思える場面がなく、比較的1つ1つの場面を長く見せることによってぶつ切れな印象になることもなく、物語に入り込みやすかったように思います。

フアン(汐美)は、「栄光」と「挫折」の「挫折」の部分をかなりクローズアップされたため、もう少し「栄光」の部分も見たかったなと思いましたが、今のこの学年のケロちゃんだからこそできた役なのかな。マタドールになるという自分の夢のため、弟・親友を見捨てたにも関わらず、その夢の途中でドンニャという女性に誘惑され翻弄される。そういう弱さと強さを併せ持った人ですが、すごく人間らしい人のような気がしました。(ある意味、五右衛門にも似てるのかななど思ったりも・・・)ペスカデロ(礒野)やガラベエトオ(楠)への尊大さ・傲慢さ、その直後の場面での家族やカルメンへの優しさ、このアンバランスさが見ている間は疑問だったのですが、そこがフアンの人気がある所以だったのかとも思いました。ケロちゃんは、宝塚の男役の格好良さを出すというよりは、すごく人間らしい役であり、役者としての汐美真帆を堪能できたように思います。ただ、私の原点は、江上さん(大上海)・作家(Icarus)。暖かい役が見たかったなという気持ちは残りました。

プルミタス(大空)は、とにかく「お兄ちゃんが好き」これにつきると思いました。フアンへの復讐云々も、置いて行かれた淋しさからきたもの、だからあそこまで異常なほどにフアンに固執したんだと思います。「愛しさ」と「憎しみ」は裏表、でも憎しみは続かないんですよ。キッカケは「お母さんの死」だったと思いますが、彼自身、お兄ちゃんを憎み続ける自分というものに段々耐えられなくなっていったんじゃないでしょうか?子供の頃の純粋さ、カルメンやフランチェスカへの優しさ、仲間達からの信頼等を見ても、彼の人柄の良さというのは各場面に表れてる気がします。それにしては、1部最後のプルミタスはかなり狂っていたように思いますが、まあこの辺りは齋藤作品だからね・・・(^^;と許せる範囲かな。しかし、ここの「ゲーム」という言葉と狂い方(キレ方?)は、思いっきりエアリエル(テンペストの朝比奈)と重なったのは私だけかしら?祐飛くんは、大劇場はともかく、バウでは良い人ずいている印象が強いもので(実際には違いますが)、今回のちょっとした悪役っぷりってのは何だか新鮮ですし、セリフでも言われてるように「目」もすごく印象に残りました。また身長が高くスタイルが良いの娘役さんと並ぶと映えますね。美鳳(ちっちゃくて可愛い♪)の肩を抱く仕草がかなりツボでした(^^;。

2人の場面としては、ラストの酒場シーンでの和解が印象に残りました。「俺を殺すか?」と聞くフアンは、プルミタスの苦しみを痛いほど理解していたんでしょうね。それでも、その頃にはプルミタスの方は気持ちの整理がついていた。お互い大きな遠回りをして、やっと昔の2人のように戻れ、最初の子供時代と同じセリフで過去を懐かしむシーン「オレンジの夢」は、今回一番好きなシーンでした。何となく、「更に狂はじ」の元雅と元重の昔を懐かしむラストシーンと重なりました。

ドンニャ(西條)は、とらえ所のない人ですよね。多分かなり利己的な人で、最初のご主人をに対してもそうだったのか、最愛の人を亡くしてしまったからこうなったのかは分かりませんが、寂しい人だと思います。輝いてる人が好きという彼女ですが、それ以上に自分を救ってくれる人を待っていて、それがフアンだったのだと思います。でも、結局は救ってくれなかった。彼女がフアンを突き放したのは、私は彼女の一種の優しさだったのではないかと思います。三恵ちゃん自身は、最後の最後まで彼女らしいというか、いわゆる宝塚のヒロインとはかけ離れた役でしたが、私はそれが嬉しかった。今の宝塚、こういう役を演じられる人も貴重だと思うのですが・・・。しかし、考えてみると、歌をここまでたっぷりと聞いたのは初めてで(エンカレを除く)、こんなに歌える人だったのかと改めて感動しました。ミュージカルっぽい歌い方は本当に私好みで、退団してしまうのが残念でたまりませんでした。

カルメン(椎名)は、上記4人に比べると一番まともな人(^^;。それ故、少し印象が薄くなってしまった感もありますが、感情をあまり出すこともなく、ひたすら耐えて待ち続けたる芯の強い女性でした。田舎の片隅で、愛する人と幸せに暮らすというあまりにも平凡な夢を、あの2人の兄弟に壊されてしまったかなり気の毒な人ですよね。誰よりも一番幸せになれそうな人だったのに・・・。たまこちゃん(椎名)は初の大役(ヒロイン)ってことで興味津々だったのですが、まだまだ全体的に固いような気がしましたが、エンカレに出た歌唱力は、今回の舞台で生かされていました。主役2人があまり歌えない分、ヒロイン2人の歌唱によって、4重唱が非常に聞き応えのあるものになっていたと思います。あと気になったのは衣装の着こなし。どうも首周りがすっきりしなくて、ドレス姿があまり綺麗に見えなかったように思いました。しかし、退団が相次ぐ月組娘役の中で、貴重な戦力になっていって欲しい人です。

ガラベエトオ(楠)は、まず、もっと書き込まれていたら非常に魅力的な人物になっただろうなと残念でした。それでも、この物語の中で私の中ではかなり印象に残った人。フアンへの最初のライバル心からその後の嫉妬心、そして友情が芽生えるまで、明確に描かれてるわけではありませんが、まゆげちゃん(楠)は数少ないセリフや表情で非常に上手く表現していたと思います。ラストシーンの「必ず帰ってこい」(でしたっけ?)は、私的には今回の泣きのポイントの1つです。

チリーパ(紫城)は、まさしくるいちゃんの等身大の役。今までもバウで、この学年にしては色々な役を演じてきたるいちゃんですが、ちょっと特殊な役が多かったため、初とも言えるまともな少年だったような気がします。すごくノビノビと、お兄ちゃんたち(どうしても対等な友人には見えなかった(^^;)に囲まれて歌ってるのがちょっと粋がってるようでとっても可愛かったです。歌も男役声で歌うのを初めて聞いたような気がするのですが、意外にきちんと歌えてますよね。ただ、フユエンテスは、はっきり言って似合ってなかった。衣装がわたるくん(湖月)のエスカミリオ(激情)の衣装だったのも、何か違和感を覚えた1つの要因だったのかもしれません。

トロS(美鳳)は、「BMB」でのダンスを見たときから印象に残る人だったのですが、小さい身体で非常にテキパキしたキレのいいダンスを踊りますよね。彼女のダンス、すごく好きです。また、フランテェスカは、見せ場としては1場面だけでしたが、まだ幼さの残る少女が、大好きな人をなぐさめようとする一生懸命さが本当に愛らしかったです。「愛のソナタ」新公の時に化粧がかなりいまいちだったのを考えると、今回は結構可愛くて嬉しかったです。

ルシア(音姫)は、とりあえず何だか見た目がすっごく大きかったんですが(^^;、その印象も手伝って素直でおおらかな少女が似合ってました。演じすぎるとキャンキャンしてちょっと鬱陶しくなりそうな役だと思うのですが、それをうまく可愛く見せてくれました。しかし、このまま結婚していたら、きっとプルミタスは尻にひかれたんだろうな〜(笑)と想像できる辺りが面白いです。

大樹・一色は、今回すっかり脇の老け役に回ってしまい、それをきちんとこなせるだけの実力を持ってる人だとは思いますが、もっと若い役で見たかったなというのが本音です。特にかおるさん(大樹)は、アントワーヌ(プロヴァンス)が好きだっただけに、かなり残念・・・

絵理ちゃんは、花恋の才蔵か?という感じで、プルミタスへの執着は一種の愛だろ〜みたいな・・・(笑)脇役の人だと思うのですが、この人が出てくると場が締まるというか華やぐというか・・・すごく存在感がありますよね。フィナーレの真ん中で歌って・踊っても全然違和感なく、しっかり場を盛り上げてました。しかし、ここは楠・紫城が真ん中でも良かったんじゃないかなと思うのは、私が若手好きだからなのかな・・・

今回の作品を見て思ったのは、バウっていうのはこういう場であって欲しい。新公の主役をしてなくてもいいじゃない!客入りが悪くてもいいじゃない!(そんな公演はなさそうだけど・・・)勉強の場、実験の場でいいじゃない!もっと色んな人に主役をさせようよ〜!とつくづく思いました。年に5回、各組1回しか公演がない(しかも1週間ちょっと)という今のバウ公演に、非常に疑問を持ってしまいました。4組の時は、多い組は年3回バウ公演がある年もあったのに・・・今は少なすぎます。

今回の2人は既に若手ではありませんが、それでも齋藤作品ということもあって非常にパワー溢れる作品で、見ていて気持ちよかったんですよね。スタッフ的にも・キャスト的にも、バウホールはもっと若手やなかなか大劇場では活躍のない人達にスポットを当てる場であって欲しいです。路線系の生徒の育成の場だけではなく・・・


すけ子
  Date: 2001-11-07 (Wed)
期待の新進演出家、斉藤吉正氏と”待ちわびたスター”汐美真帆・大空祐飛の2人と専科、月組の選抜メンバーの一体となった「血と砂」を感激鑑賞しました。恋物語より男の生き様に重きを置く斉藤氏の作品、期待以上でした。

どんな人にも栄光の瞬間(仕事、恋愛、家族関係などの中で)と挫折(失敗、失恋、誤解)を味わう時がある。幸せの心地よさのあとの喪失感は人を変えてしまうこともある。その人が純粋であればあるほど落差が大きい。そしてあの幸せの瞬間を取り戻そうとして必死だ。それが生きる糧となるのだと思う。物語の兄弟は、最後の瞬間に本当に大事なもの、男の意地のための努力と戦い抜いた誇り、一番幸せだったオレンジの夢を語り合った日の愛情を取り戻せたのではないでしょうか。だからハッピーエンドなのですね。

また、この作品は遅れてきたスター、汐美真帆のファンには堪えられないものではないでしょうか。「人生のある役を」と切望していた彼女は満を持して、光と影を知る役に巡り会い、フアンのように栄光の頂点に輝く。どれほどの愛と期待が彼女を包んだことでしょう。舞台のセンターに立つ彼女を見て本当に驚きました。いつの間にこんなに洗練された肢体を手に入れたのだろう、正に血のにじむような、計り知れない努力の賜物であろうと察っします。そしてクールな眼差しに、熱い血と暖かな包容力と危険な色香を漂わせる。こんなに美しく精悍な男役を久しぶりに見た気がします。舞台のクライマックスになるにつれ、まるで彼女のジェンヌ人生をたとえるかのようなセリフが胸に響きました。そしてフィナーレの堂々とした”男”の姿に、1人のジェンヌさんの成長の過程に思いを馳せ、涙が溢れました。この作品に関わった全ての方々に感謝します。
オレンジの夢、感動をありがとうございました。


ふぶき
  Date: 2001-11-04 (Sun)
こんにちは。「血と砂」の青年館初日をみてきました。JIMMYさんのような情熱的な感想が書けるかどうか・・・

まず、私は斎藤吉正という作家は好きです。
「BMB」ではオーソドックスなつくりをする作家だなあという印象を持ち「主役を見せる」ということに徹底する潔さが好きです。「花吹雪・恋吹雪」も安蘭・夢輝の特性をいかし、徹底的にかっこよく見せてくれて、ファンならたまらない作品になった筈です。そして今回の「血と砂」これもまた汐美・大空のファンには待ち焦がれていた一作になったことでしょう。

しかし、その分、ストーリーをきちんと描くという点では課題が多い人で、今回は、ファンタジックに演じる星組と違って、リアルな月の上演という事で
よけいに筋の甘さがあらわになったような気がします。でもまあ、ファンだったらとりあえず、あそこまでかっこいい二人を見せつけられたら何も文句はいわないでしょうけど。

まず、ファンとプルミタスの兄弟がチリーパの死をきっかけに決別する部分。
ここは「決別」する程のこと?という気がしました。直接兄がチリーパを殺したなら話は別ですけど。闘牛をやる以上、こういうことがありあえるというのは前提でしょう。そしてルシアの死で、チリーパを殺した牛と恋人を殺した侯爵を憎むのは理解できます。でも、それなら復讐は侯爵一人に絞るべきだったと思います。変に兄への復讐なんて絡めるから話が浅くなるのです。
また、グァルディオラが執念深くプルミタスを追う必要性や心情が語られないので意味がわかりません。霧隠才蔵と五右衛門の戦いに似てるだけ?
ガラベエトオも挫折しながらもファンのマネージャーをする心の動きをもっと細かく描いてくれれば話に広がりが出てよかったのにと思いました。
ラストの「戻ってこいよ」がよかっただけに残念です。
ドンニャ・ソルとファンの関係はわかる人にはわかるというところ。結局悪役なのか、そうでないのか、もっと「はっきりさせて欲しかったです。

というように、見終わった後は圧倒されてぽーっとなる斎藤吉正作品ですが、冷静に考えるといくらでもつつけるところが欠点。直して欲しいですよね。
また、私、今回の二人はダンスが売りと思っていたのであまりに歌わせる演出はちょっと・・・でした。フィナーレ並みにもっとばんばんかっこよく躍らせて欲しかった。歌は嘉月さんに任せて。二幕目の進行が「花吹雪・恋吹雪」そっくりで展開が見えました。銃声と共に紙吹雪がぱあっと落ちてくる演出は最高でしたけど。

さて、出演者ですが、
汐美・大空の二人は申し分なしです。見た目のかっこよさ、演技力・ダンス、どれをとってもそつがありません。難があるとすれば歌くらい?ただ、この二人はずっと芝居の中ではスパイスのような役割をして来た人ですよね。大空あたりはまだぱあっと光る可能性があるけど、汐美真帆はやはりスパイス的な役割できっちり舞台を抑えるほうが似合っているような感じがしました。真中に立った紫城るいが華やかに見えたのは、脇の二人がきちんと陰を作っていたからですよね。今後、大和悠河にとっては切り離せない
二人になりそうです。汐美の人柄のよさはファンにとても似合っていましたし、誘惑されて落ちていく様も見事でした。大空はカルメンを誘惑するシーンがやたら色気があってぞくぞくしました。あとは貫禄だけ。

西條三恵はすでに「女優・西條三恵」になっていました。今までになく演技を技術で見せてくれました。足りなかったのは年齢と経験。

椎名葵はまだまだですね。感情表現が今一つ。
楠恵華はおいしい役できっとファンが増えたでしょう。背丈もあるし、いい男役ですね。彩那音は見た目の麗しさも勿論ですが、彩輝よりは男役っぽいかな。期待できそうです。
美々・嘉月コンビは申し分なし。できればエンカレッジコンサートのように二人のデュエットが聞きたかった。
ともあれ、この作品が今後の汐美・大空にとってかなりのプラスになることは
確か。はまりすぎの感もあるので、次回は本当に「意外」というのを見てみたいです。


  Date: 2001-10-26 (Fri)
10月26日(木)の夜公演を観てきました。

前回、感想で書いていた中の重要なポイント「開演直後のナレーション」が復活していた!ありゃ〜(笑)。せっかく齋藤先生の思い切りの良さを褒めるキーにしていたのに。

でもあのナレーションはあったほうがいいなぁと思っていたので、嬉しかったです。あのナレーションがなければ、やはり最後、彼らがなぜ死んでしまうのかがわかりにくい。あれがあると、物語の円がきれいに閉じて終わるような気がします。


さて、今回は前回書ききれなかった私のツボ、注目してしまう場面について書かせていただきます。


【恋のアレーナ】

2幕目の最初は、ゆうひくん(大空祐飛)の歌、ケロちゃん(汐美真帆)とみえちゃん(西條三恵)のダンスで始まります。

「ケロちゃんはゆうひくんのバックダンサーかぁ・・」とちょっと残念に思ったのも事実ですが、全身真っ黒な衣裳に黒手袋で、舞台一杯シャープに力強く踊りまくるケロちゃんなんて滅多に見られないし、後ろ姿はじめ、美しい体のラインが見られて大好きなシーンだったのです。

ふとプログラムを見直してみたら、この場面のタイトルって「恋のアレーナ」だったんですね。ケロちゃんが牛(トロ)で、三恵ちゃんが闘牛士(トレロ)。そうかぁ、これは実はラブシーンだったんだ・・・と思うと見る目が全然違ってきました。

フアンとドンニャの関係は、いつもドンニャのほうが優位に立っていて、誘惑する、翻弄する、うち捨てる、だったのですが、ここだけは対等もしくはフアンのほうが攻める立場。ケロちゃんの牛(トロ)は、それまで出てきた牛(トロ)ダンサーの誰よりも大きく力強くてそして色気があります。スポットが当たっていないのに、ついついケロちゃんばかり見てしまうのです。あんな牛なら追われてみたい〜。


【スパニッシュ、ちょっと演歌調】

齋藤先生作詞、高橋先生作曲だと、なぜか主題歌が演歌っぽくなってしまうようなときがあります。「花吹雪恋吹雪」のとうこちゃん(安蘭けい)の歌なんかそうでしたよね。

フアンのテーマソングというか、白いマタドール姿で登場するとき、またフィナーレで最後にセターに出てくるときの歌(もしかしてタイトルは「愛の蜃気楼」?)がそう聞こえるんですよね・・・。ちょっとコブシ回ってしまいそうになる歌なのです。

でもね〜、それが好きなんですよ。特にフィナーレのほうは、それまで歌ってた方々の声が高めなので、ケロちゃんが出て来て歌い始めると、やたら低い。ちょっとすれ気味でささやくようなところもあります。それがまた色っぽいので、背中がぞくぞくとしてしまうんです。こういうところに反応してしまう自分は、なんて俗っぽいんだ〜、日本人なんだ〜と、ちょっと情けないながらも弱いです。


【ラブシーンのお芝居】

今回の目玉、そして皆が期待していたはずの、ケロちゃん、もとい“フェロちゃん”のラブシーン。フアンとドンニャ。期待通りでした。

宝塚にはいろんなラブシーンがあると思います。私は宝塚歴が短いので、このシーンがどのぐらいすごいのかとか、濃いかとかはわからないんですが、言えるとすればとてもケロちゃんらしいのではないか、ということです。

芝居、してるんですよね。

このラブシーンを盛り上げるのは、ムードあふれるバックの音楽や豪華なセット、美しいお衣裳ではく、なにより表情、顔もそうですが手の表情、肩の表情。芝居で客席の全ての視線を一点に集中させてしまう。「おいで、私のエルマタドール」といわれ手を引かれて前に歩き出すときの魅入られたような目つきと足取り、ドンニャの胸の中に手を入れたときの困惑とも快感ともつかない表情、ドンニャを振り向かせて抱きしめたときに切なく肩や背中をまさぐる手、ソファに倒れ込む前に自分のタイをほどく指先・・・。

素晴らしい緊張感が生まれていました。

ラブシーンは単に観客を喜ばせるためにあるのではなく、観客を話に引き付け、気持ちを高揚させる役割があります。白けさせたり照れさせたりしたらラブシーンの意味がありません。ごくりと息を飲ませてナンボです。

そのためには、やる方にはエネルギーとテクニックと心意気それに何かプラスアルファが必要でしょう。本人が照れていてはお話になりませんし。やってる方はいかにキレイに相手役と自分をを見せるか、頭の中は冷静だと思います。

暗転後も芝居を続けているのは、そこでやめちゃって立ち上がったりするのが見えたら、観客は「なーんだ」と冷めてしまうのがわかっているからでしょう。

だから一生懸命私も見てます。たとえ前から3列目でもオペラを使ってじっくり見ています・・・・言い訳じゃないです(笑)!いいシーンだから見てしまうんですよ!見なければもったいないシーンだと思います。


【指先だけの拒絶】

“役者・汐美”の本領発揮の場面、ドンニャのドレスにしがみついて捨てないでくれ、と懇願するところ。ドンニャが冷たく冷たく氷のようなセリフを吐きながら、フアンを押し戻すのですが、そのとき、ドンニャの右手はフアンの額、髪の毛の生え際にそっと触れています。

なぜかその押し方が印象に残っています。多分、とても冷たいから。勢いよく振り払ったり、強く押し返すのではなく、指先だけで絶対の拒絶を表しているように私には思えました。

でも、このシーン、実はドンニャがフアンのためを思って、復活への意欲を取り戻させるために敢えて突き放しているのかも?と思ってしまったんです。
でも全然、そんなことはなかった。その後のシーンではやはり、ドンニャは自分のためだけに、栄光をもつ男を求め続ける女だった。ラストシーンももちろん、そう。

でも、こうでなくては、と思います。ドンニャが中途半端に甘さや優しさを見せてしまったら、フアンの死はもっと救われない。カタルシスが生じ、フアンの人生のはかなさがより際立ちました。あれでよかったと思います。


【美しい死に顔】

今日は下手段上がり席で観ていたので、2人が死ぬシーンがよく見えました。息絶えたフアン、ケロちゃんの顔に・・・みとれてしまいました。本当に・・・・美しい。そのままもって帰って、ずっとながめていたい不思議な感覚にとらわれました。

ケロちゃんが死ぬシーンといえば「凍てついた明日」。銃弾を打ち込まれ、膝をつき前のめりになるかと思いきや後ろに倒れる。その倒れ方、表情の色気にやられました。
お茶会報告だったかで「メアリーに写真を渡そうと思いながら死んでる」というようなことをおっしゃっていて、なるほどな、人間死ぬときだってそう大したこと考えながら死なないよな、ってとても人間くさい、生々しさを感じてケロちゃんの役作りに共感したのです。

今回は、何を考えながら死んでるのでしょうね。弟の手に自分の手を重ね、彼は息絶えます。死に顔は、満足なのか、無念なのか、悲しいのか、辛いのか・・・。私にはよくわかりません。

ただただ、みとれてしまうのです。そしてその顔の前にちょうど、赤いバラが落ちるのです。本当美しい死に顔でした・・・。


【“血と砂”のタンゴ】

フィナーレはどれも大好きなんですが、最後のケロちゃんとゆうひくんの2人きりのタンゴは本当に素敵です。2人とも決してダンサーではないので、もっと上手に踊る人たちがいるだろうとは思うのですが、スレンダーな体が非常にバランスがいいのと、2人の間の信頼関係がほの見えてとても好きなシーンです。もちろん、振付けもよいです。

2人の衣裳もシンプルなマタドール風エンビ服でこれも美しい。色違いで同じ形、黒い刺繍の縫い取りがあります。その色が赤とベージュなんだなぁとぼんやり考えていて、はっと気がつきました。

これって、「血と砂」を表しているんですよね、きっと。

ケロちゃんの赤は「血」を、ゆうひくんのベージュは「砂」を。それぞれ表していて、「血と砂」がからみあい、交じり合って織り成した物語でしたよ・・・とそういうメッセージだったと。このタンゴはタイトルをそのものを象徴し、締めくくる素晴らしいダンスだと思います。


JIMMY
  Date: 2001-10-24 (Wed)
すみません。急いで書いたもので、文中に記憶で書いた台詞、ちょっと間違っている事が発覚しました(^_^;)。
ニュアンスは間違っていないのですが・・。
あ〜、書き直したい(^_^;)。とりあえず、訂正です・・。

「今日の為に、彼は血のにじむような努力をしてきたのよ!」は、
「今日の日の為に、彼は死ぬ気で這い上がってきたのよ!」でした。
・・こっちの方がだいぶそれらしい・・・(^_^;)。

「ブランクが長かったとはいえ、彼の人気は大したものだ。」は、
「長いブランクがあったにもかかわらず、あいつの人気には全く驚かされるよ。」
でした〜。

「ダリ・フユエンテスと俺と、どちらが本物か、見ているが良い!」
は、「ドンニャ、見ているが良い。お前が戯れるダリ・フユエンテスと、俺のどちらが本物か!」
でした〜。

惜しい?!


JIMMY
  Date: 2001-10-22 (Mon)
「血と砂」初日から2日目にかけて、3公演続けて観てきました(^_^;)。

何から書こう、どう書こう・・? 初日は胸一杯で、そこまではとても考えられない状態でしたが、一晩寝て、目が覚めると、昨日の舞台の内容が怒濤の如く押し寄せてきて、あの舞台を評する言葉が次から次へと溢れてきました。
良かった。何とか書けそう・・。
偏って恐縮ですが、やはりいつものバランスでは書けません。今回は汐美真帆の事を中心に書かせて下さい。

「やはり主役は違う!!」この一言に尽きます。
今までも数々の印象的な役で楽しませてくれていた汐美ですが、やはり主役は違います。
物語の中心となって活躍するという事が、どんなに人を魅力的に見せる事か。
今までとはまるで別人のような汐美が、そこにいました。

とりあえず、良いか悪いかは別にして(^_^;)、皆様にも今までに見た事のない汐美の姿を見る事ができると思います。
十数年も宝塚を、各組ほぼ欠かす事無く見ている私が、コロッとその魅力にハマって、しつこくしつこく(^_^;)ずっと応援していた汐美。
「何で汐美なの?」と良く聞かれますが、答えがあの舞台にあります。
あれが汐美です。だから、私は好きなんです。是非、観てみて下さい。

そう言える作品であって良かった。齋藤先生には、本当に感謝です。
「汐美でこんな場面が観たかった。」そんな夢を、全部叶えてくれました。

まずはそう、ラブシーンです。これが一番見たかった(^_^;)。
最初は少年の頃の、カルメン(椎名葵)との結婚の約束シーン。設定は大分違いますが、「Icarus」のラストシーンを思い出させる、幸せ一杯の温かい雰囲気が良いです。
次にドンニャ・ソル(西條三恵)に誘惑されるシーン。どうしようもない魅力から逃げられない気持ちの緊迫感と、持ち前の色気が炸裂した場面です。
そしてドンニャに捨てられるシーン。取りすがっている様が絵になるというか(すみません^_^;)、良いんですよ。それもまたステキです。

芝居はさすが、物語を中心になって引っ張っていたと思います。歌やダンスはいっぱいいっぱいでしたが(^_^;)。
改めて、芝居の人なんだな、と思いました。
少年の頃の闘牛への思い、スターになってからの高慢さ、堕落してからの切なさ。
ドンニャへの激しい愛、カルメンとの温かい愛、弟との兄弟愛、母親への愛・・色々な芝居が見られて、どのシーンも好きで、語りだすとキリがありません。

作品としては、「血と砂」の原作翻訳二種類と映画三種類を予習済みの私としては(^_^;)、あの原作を上手くアレンジしたな〜、と思いました。
三回観て思いますが、全体として、舞台は暗いです。内容が詰まっているので、若干重いかもしれません。
しかし、難しくはないです。予習しなくても良くわかると思います。原作とはかなり違いますし、予習しない方が、オリジナルの人物像が早く飲み込めると思います。

装置はシンプルで、抽象的。衣装は主役が二人いるせいか、あまり種類は多くありませんでしたが、どれも良く似合っていました。髪型は「ゼンダ城の虜」のミカエルに近いですね。肌は濃いめの褐色で、かっこ良かったです。

もう一人の主役、プルミタスの大空祐飛もステキでした。メンバーの中で、二人が抜群にかっこ良い、って感じでしたね。
物語は色々ありますが、結局の所、奔放な弟(大空)を温かく見守る兄(汐美)という図式がこの二人の間にはすっかり出来上がっていて(^_^;)、物語が終わった頃には、弟が可愛くって仕方がない気分になりました。

ラスト近くの、二人でバーボンを飲みながら語る場面が、二人ならではでかっこ良かったです。
あのシュツエーションがあれ程キマる男役二人組は、今のトップスター級にもちょっといないと思いますよ。いや、言い過ぎかな(^_^;)。
歌やダンスは汐美共々、いっぱいいっぱいでした(^_^;)。初日は何度かトチッていましたが、二日目はかなり良くなっていましたね。

ドンニャ・ソルの西條。気高く美しく、結局前の夫を愛していて、その心の隙間が埋まらない哀れな女性。宝塚版西條のドンニャはそんな女性でした。
最後まで役を全うし、甘さを全く持たず、冷たく貫いたのは、退団発表した西條ならではの潔さ。清純派娘役には出来ない事です。
フアン(汐美)を誘惑する場面はかなり激しいですが、相手が西條だから、宝塚のラインを超えず、上品さを保てたのかも。
でも、せめて服装だけでも、もう少し色気あるものにして欲しかったな〜(^_^;)。

カルメンの椎名。全体にまだまだ固いですが、台詞の声が優しく、ラスト付近は良い芝居をしていて感動しました。歌も良いですね。
大柄で、所謂ヒロインを目指すなら、可憐さをもっと身につけて欲しいです。 フィナーレナンバーの大人っぽさが、一番柄に合って魅力的だったような気がしました。

その他では、何と言っても美々杏里と嘉月絵理。出て下さってありがとう! ダントツの安心感です。
特に美々の最後の台詞(↓下記)には泣かされました〜。

磯野千尋は、実は今まで芝居はあまり好きではなかったのですが(^_^;)、今回は往年のエル・マタドールという役がダンサーの磯野に良く合っていましたし、最後のバーボンのシーンも良かったです。

そしてガラベエトオの楠恵華。フアンとの友情を感じさせるとても良いシーンがあり、実力を発揮していました。マントさばきもキレイ。
またドクトル・ルイスの一色瑠加。前々から良いと思っていた大人っぽい落ち着いた演技で、魅力がありました。


そして、どうしても伝えたい作品の話。終盤、最後の闘牛へ向かう辺りの場面。

ペーペ(美々)の「今日の為に、彼は血のにじむような努力をしてきたのよ!」という台詞。
ガラベエトオの「ブランクが長かったとはいえ、彼の人気は大したものだ。」という台詞。
観客の熱狂。フアンの祈り。そして、「迷いは消えた・・」の台詞。

重なるんです、全てが。この初主演に向けての汐美に。そして汐美ファンの気持ちに。

「ダリ・フユエンテスと俺と、どちらが本物か、見ているが良い!」なんて、よくぞ言わせてくれました!! と思うんですよ(^_^;)。

どれだけこの時を待っていたか。この公演で状況が変わらない限り、二度とチャンスは回ってこないのです。何が何でも、主役でないと出来ないかっこ良い役を、と願っていました。
その為には願ってもない、齋藤先生の演出です。齋藤先生にそう、手紙を書きました。きっと、他にも沢山のファンが書いただろうと思います。

そして叶えてくれました。それも期待以上に。かっこ良いだけでなく、演じ甲斐もある役。汐美の魅力が一杯詰まった舞台です。
特にこの最後の闘牛への場面の台詞は、齋藤先生からの、ファンへの、いえ観客全てへの、汐美という一人の男役の事を伝えてくれるメッセージのように、私には感じられるのです。

原作のフアンは、汐美の持ち味とは近くないと思っていました。しかし、宝塚版のフアンは、観れば観る程、汐美そのままの役のような気がしてきてしまうのです。

「血と砂」という作品が回ってきて、汐美がラッキーなのではありません。
汐美の今までの舞台がファンを動かし、先生を動かし、「血と砂」がこのような作品に仕上がったのだと・・傲慢だと思われるかもしれませんが、私はそう思います。
この作品の為に、今まで待ったのではないかと。
「待ちわびたスター」。プログラムの齋藤先生の言葉が、私達の思いが伝わっている事を、証明してくれているようです。

これが汐美です。是非、沢山の方に観て頂きたいです!


  Date: 2001-10-22 (Mon)
月組バウホール公演「血と砂」を、初日、2日目と3公演連続で観てきました(このチケットを取るためにかなり頑張りました・・・)。

ご贔屓生徒さんの初主演の初日を観るなんて、初めての経験、しかもごく少数のお友達と観劇していたまみさん(真琴つばさ)時代とはうってかわって、関西在住のケロファン仲間も大勢お知り合いになり、会うたびに大騒ぎ、まさにカウントダウンを皆で盛り上げる興奮状態の中で、その日を迎えたのでした。
期待と不安、そして緊張でぱんぱんに膨らんだ風船のような気分でした。

いつもこの掲示板に公演感想を書かせていただいているので、今回も書かせていただきます。なるべく冷静な観劇記を書きたいと思っていますが、少々(?)テンションが高いのはそういうわけですのでお許しください。


「血と砂」は若手演出家、齋藤吉正先生の作品です。齋藤作品は、「BMB」を観てよかったのと、「花吹雪恋吹雪」ですっかりはまってしまいました。さらに今回、月バウ担当が決まってから、予習として観た「TEMPEST」もとても好きな作品となりました。
宝塚的といえば宝塚的なんですが、マンガちっくというか劇画調というか、悪く言えば悪趣味一歩手前まで来てしまうきわどさがあります。ストーリーの矛盾もなんのその、盛り込めるだけ盛り込んだお話作り、「こんな人間おらんやろー」というほど典型的な人物像。随所にちりばめられたお遊び。嫌いな人は嫌いでしょうね、私は好きですが。
でもとても楽しめる作品を作ってくださることは間違いないので、非常に期待しておりました。

今回の「血と砂」、「齋藤作品らしからぬ齋藤作品」だったと思います。

齋藤先生がこれまでこだわってきた部分の、削ぎ落としと絞り込みが上手くいっていると感じたのです。

その象徴的な部分が、プロローグのナレーションだったと思います。これは初日のみ流れたもので、最初、暗転からセット中央に主人公二人の屍(ダミー)が倒れていますが、そこにスポットが当たり、二人の人物像と名前、タイトル(スペイン語)がドラマチックに語られていたのです。「見るがいい、この二人の生きざまを!」と。

演出家としてはかなりこだわって作ったトップシーンだったはず・・・。それが、なんと、2日目にはなくなっていたのです。二人が倒れている場面は同じなんですが、そこにかぶるのは、初主演のケロちゃん(汐美真帆)とゆうひくん(大空祐飛)の開演アナウンスになっていました。

初日の上演時間が長すぎたせいか、一幕、二幕とも5分ずつカットになっていたのです。注意してみるとあちこちカットされていたのですが、この最初のナレーションをカットするとは。驚きました。

齋藤先生のこの作品への思い切りを非常に感じたのです。他にも、原作のテーマは、本当に恐ろしいのは牛を殺す闘牛士でもなく、闘牛士を殺す牛でもなく・・・・闘牛士や牛が「砂」にまみれ「血」を流して死んでいくことを期待し、それにエクスタシーを感じる観客である、ということでした。それをラストシーンどう表現するのかな?観客が取り囲んで冷ややかに見つめているのかな?とか想像していたのですが、それもなし!ただ、ドンニャがひとり現われて、二人の屍にバラの花を投げて「アディオス」と呟く・・・・そこまで絞り込んでいました。

その他にも、齋藤作品といえば必ず出て来ていた、3人(4人)組の女の子の狂言回したちは、今回は出て来ていません。「血(牛)」と「砂」をイメージさせるダンサーが3人ずつは出て来ていますが、今回は狂言回しの役割は果たしていません。お話を進めるナレーションがどうしても必要なときは、マネージャー・ペーペ役のちずさん(美々杏里)が堂々と語っていました。

ストーリーは、齋藤先生のお得意な復讐というテーマを与えられたゆうひくんの役・プルミタス・ガルラードがあるのはありますが、もうひとりの主人公、ケロちゃんの演じるフアン・ガルラードが芯となって、人間の生きざまを正面から描こうとしているので、これまでの齋藤作品になかったほど、人間くさい、地に足のついた人間が描かれていたと思います。
宝塚の舞台はもちろん、夢の世界の出来事でいいのですが、あまりにも夢・夢・夢でも物足りない。齋藤先生が人間のラインまで降りて来てくださったことで、今後の齋藤作品、とくに大劇場作品への期待感が一層高まりました。

人間くさい主人公になっていたもうひとつの理由は、もちろん、芝居巧者のケロちゃんの力量も大きかったと思います。ともすれば、「宝塚の男役」よりも「人間の男」を演じてしまう彼女の良さ(と言わせてください)を上手く引き出した、齋藤先生の手腕でしょう。
フアンはとても弱い人間らしい人間で、W主演の宿命というか、そういう部分担当となっています。でも物語を動かす力を持っているので、とても主役らしく感じられます。お芝居の細部、表情ひとつとっても手抜きがありません。
最期は、ドンニャが牛の化身(かな?)となってフアンを突き殺すのですが、それは口づけとして表現されていてなんともフアンらしい、ケロちゃんらしい殺され方だな〜と思いました。

W主演の片割れ、ゆうひくんは、こちらは宝塚の男役らしい部分が分担。主に細身のフェンシングのような剣を操り、格好いいです。役柄的にも、義賊として、また恋人や友人を殺された悲劇のヒーローとして描かれており、持ち味にもぴったり合っていると思います。

映画では、悪女だったり、とんでもないあばずれ女だったり、いろいろな描き方をされているヒロイン・ドンニャ=ソールは、今回は何かを求め続ける未亡人として描かれています。自分の魂を救って欲しいと願う女性。みえちゃん(西條三恵)は、トロリとした台詞回しで、自分なりのドンニャを出そうとしてました。フアンを誘惑するところなど、私は好きな役作りです。

ヒロインもうひとりのたまこちゃん(椎名葵)は、フアンの妻でありながら、プルミタスに誘惑される役柄。原作にはない関係なので「なんじゃそりゃ」と最初は思っていたのですが、カルメンがそうやって自分も罪を背負っており、プルミタスの過去の想いも知っている人間だからこそ、フアンへの許しもとても効いていたように感じました。貞淑な妻が許すより説得力がありました。

一応Wヒロインなのですが、4人の話というよりはやはりフアンとプルミタス兄弟の物語。ポスター通りのお話でした。
元々は何度も映画化された、有名な文芸作品で、ゆうひくんの演じる義賊は、登場人物としてあることはあるのですが、フアンの弟でもなんでもありません。闘牛士の栄光と挫折、そしてその人生を彩る女たちが出てくるお話を、すっかり兄弟の光と影の人生に作り替えてしまった齋藤先生の力技に敬服します。

今回の舞台セットは、ごくシンプルで、基本は闘牛場をイメージした半円形のセット、左右から出てくる家のセット、そして舞台中央に天井から降りてくる大きな逆三角形の吊モノだけ、です。
逆三角形の吊モノは時に左右に分かれ、人物が登場するときの“もうひとつの袖”となりますし、表面に塗料かな?十字架や血が描かれているので、ライトを当てるとその場面に応じた絵が浮かび上がり、実に効果的に使われています。
演目の告知説明によく使われていたモダンアートなお衣裳やロックとオペラの融合という音楽は、これといって思い当たりません。衣裳はオーソドックスで上品、音楽は高橋城先生の手堅い作曲で、なかなかいいテーマ曲がそろっています。私はエンディングにも使われている「オレンジの夢(ってタイトルかどうかは知らないけど)」が好きです。
この辺りも、もっともっと齋藤先生はこってりやりたかったかもしれないけど、程よいところで止めておかれたの
では?この辺りも“削ぎ落とし”が成功していると思います。

セットではないのですが、牛の表現もよかったです。着ぐるみかシルエットか、はたまたハリボテかと予想していた“牛”は、黒い衣裳のダンサーが赤いスカーフを頭にかぶり、手にも赤い手袋をはめ、独特のダンスにすることで表されていました。闘牛そのものもダンスになっています。違和感なく、躍動的でとてもよかったです。



出演者について。

初日に観たときは、主演の2人、ケロちゃんもゆうひくんも、とにかく「センターに慣れてない」!とこの間までバリバリセンターのファンをしていた私(笑)は思ってしまいました。
見えの切り方とかポーズのため、舞台での一歩前への出方等など・・・・でもそれは、今までやったことないことやれってのが無理というもの。固唾を飲んで見守っているファンも、不安でしょうがなかったと思います。
それが、2日目の11時、14時半と回を重ねるごとに慣れていくのがわかるんですよね。そして本人たちもどんどん居心地よさそうになっていく。これがセンターの魔力でしょうか。青年館に行く頃には、きっともっとよくなっていると思います。
でも最初からバウの舞台自体は狭く感じました。出演者、作品ともに。青年館はもっと広いと聞いていますのでそちらサイズでちょうどいい位かもしれません。

ケロちゃんは、痩せてます。私が最初に生のケロちゃんを間近で見たのは、PJのお茶会のときだったのですが、その時の印象は「丸っこい身体してるのね〜」だったのが、もう、すっかり身体、とくに下半身の肉が削げ落ちて、シャープな印象に変わってしまってました。
白いマタドールの衣裳は美しく、それにマントを羽織ると、ファンが待ち望んでいた“主演者”がそこにはいました。
まみさんのサヨナラ公演中から見る見る痩せていっていたのを目の当たりにしていたのですが、これはこのマタドールの衣裳を美しく着こなすために、おそらくは努力して身体を絞ったのだと思います。
男役スタイル抜群のゆうひくんと並んでも、スタイル的にまったく見劣りしません。ですから、2幕目の最初、ゆうひくんの場面でバックでみえちゃんと踊る場面があるのですが、全身黒い衣裳に黒い手袋で、牛(トロ)となって独特の振付けで踊る姿は、それはシャープな身体の線が際立って美しいです。ダンスもよいです。
お芝居はもう文句なし。どうしても脇でひとくせある役柄の経験が豊富だっただけに(笑)、傲慢な場面は特に上手くて苦笑。もちろんラブシーンも上手。あとは栄光の場面、短い時間しかありませんが、ぱっとしたものが出れば文句ありません。

ゆうひくんも、ここのところ悪役チームが多かったのですが、それは彼女の独特のムードというか目つきというかそういう役を当てたくなる気持ち、よくわかります。エリちゃん(嘉月絵里)に“危険な目をしている”とかいわれるところの目つきとか、もうその通り!といいたくなります。
そういう影としての部分ももちろんよいですが、少年時代の純真な役柄、兄と酒を酌み交わすところもよかったです。義賊チーム「エル・アルコン」は長い剣を振り回すダンスシーンや戦闘シーンもあるのですが、格好いいです!黒い衣裳に黒いマントが本当に似合っています。

退団するみえちゃんも、セリフはよく通るし、歌もうまくて安心して観ていられました。ラブシーンも思い切りよくやってくださってありがとう(笑)。フィナーレでマタドールの衣裳を着て、男役を引き連れて歌い踊るのがとても格好よく、本当に退団が惜しいです。

たまこちゃんも、初の大役なのに浮き足立ったところもなく、とても落ち着いていました。こちらもフィナーレで、娘役さんの中央でひとり色の違うドレスで踊っているのですが、とても堂々としていて好感が持てました。娘役さんが減っていってしまっている月組なので、これからぜひ頑張って欲しいです。

この公演の組長のちずさん。初日のご挨拶は堂々とそして包み込むような暖かさで、とてもとてもよかったです。
もちろんお芝居も歌も完璧。ちずさんが出てくると芝居が締まります。最初は姉役か何かかな?と思っていたのですが、闘牛士のマネージメント役。ちずさんをこう使うか!と感心しました。

えりちゃんもさすがです。立ち回りもうまいし、セリフも効いてる。格好いいです!バウ組に入ってくれてありがとう!

専科からのお二人も、適材適所というかもったいないぐらい。上級生が少なくなってしまった月組に出てくださって本当に感謝感謝です。

若手ではいい役がついていたのが、まずるいちゃん(紫城るい)。幼なじみのチリーパと、後から出て来て栄光をさらう闘牛士の2役ですが、それがそっくりであることでよりフアンを追いつめるという無理のない設定になっています。もちろん女役まで当てられてしまう可愛いるいちゃんなので、後から出てくる闘牛士役は若干苦しいんですが、本人はとても満足そうに演じていてそれも嬉しかった。ソロもあるしひとりで舞台中央でマントを振る場面もあり、なかなか美味しいです。美味しいといえば、るいちゃんが男役でのラブシーンってのも滅多に見られないだろうなぁと面白かったです。

そしてのぞみちゃん(楠恵華)は、フアンより先に栄光と挫折を味わう役。初日に観たときは、よくわからなかったのですが、物語の心情の部分でとても重要な役割だったのですね。それが2日目になってくるとよりそれが伝わって来て、人物像も浮き上がってきたし、物語も厚みが出ていたと思います。これからもっとよくなりそうな予感がします。

その他下級生もたくさん見所があります。みんなそれぞれセリフがあるようで、活き活きと演じていて嬉しかった。齋藤先生ありがとうございます。

齋藤先生が絞り込んだ部分は、あとは出演者がプラスアルファしていく余裕ができたということだと思います。たった26公演しかありませんが、きっと大きく変わっていくと思い、期待しています。


フィナーレは何せ舞台がスペインですから、男役娘役それぞれとても格好いい!衣裳もシンプル、無駄な派手さもなく、ただひたすら格好いいです。
汐美ファンとしては、ケロちゃんが、Wヒロイン・男役・娘役が待ち受けるなか、最後に赤いマタドールスーツで登場し、センターで歌い踊るそれでもう感激でいっぱいでした。
さらにそのあと、ゆうひくん(ベージュのマタドールスーツ)と2人きりで、ボレロを踊るシーンはそれは素敵でため息が出るほどでした。

最後は役柄の扮装に戻ってご挨拶。ケロちゃんは白いマタドール姿に白マント、ゆうひくんは黒い義賊の格好に黒マントで、2人そろって中央に登場。出演者全員に挨拶してまわり、最後幕が下りる瞬間に笑顔で腕をぶつけあいます。

チケットはなかなか苦しい状況の様子ですが、青年館ならまだこれから出てくるでしょう。ぜひ一度観てみてください。気に入らない人もいるかとは思いますが、それでも観て欲しい作品でした。
ケロちゃんにこういう作品を当ててくれた歌劇団と、作品を作ってくださった齋藤先生、そしてスタッフの方々には
感謝の気持ちでいっぱいです。


・・・・ここまで書いておいて、でもあまりに期待感を煽って、ご覧になてからがっかりされるのも嫌なので(笑)、一応辛口的予告も。お話はテンポがいいのはいいのですが、かなりはしょっているところがありますので、あまり深く考えずに観たほうがいいかも。それが、“齋藤作品”です(笑)。
主演者たちは初主演です。今までずっと大劇場で場面を任されることもなく、頑張ってきた人たちです。センターを見慣れていた人には、センターとしての存在感が物足りないものはあるかもしれません。


JIMMY
  Date: 2001-10-04 (Thu)
齋藤先生脚本&演出、汐美真帆&大空祐飛の初主演作。

どうでしょうね〜? 元々齋藤先生の作品は「TEMPEST」から大好きですし、面白くなると思うのですけれど(^_^;)。
個人的には待ちに待った汐美主演なので、とても楽しみにしています。

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